カテゴリー

2009年1月25日日曜日

オバマ大統領就任演説について

最近TVはほとんど見ないので実際のスピーチは見ていませんが、オバマ大統領の就任演説の全文をネットで一読しました。

うわさではライターは27歳の男性ということですが、真偽の程はわかりません。
個人的な率直な感想としましては、やはりアメリカはコテコテのキリスト教国家だなという実感です。

読み進めるうちに、自称聖書オタクの私は、旧約聖書の「イザヤ書」を読んでいるような錯覚に陥ってしまいました。

この就任演説を日本で麻生総理が読み上げることを想像すると、すごい場違いな感じで、かなり笑えそうです。

「…過去に固執し、狭い利益しか守らず
面倒な決定を後回しにする時代は終わった。
今日から我々は立ち上がり、ほこりを払い、
アメリカ再建のための仕事に取りかからねばならない…」

全くごもっともです。
ここで気になる点が、「ほこりを払い」という部分。
日本人にとってはちょっとしっくり来ない言い回しのような気がしないでしょうか。

実はここが非常にキリスト教的です。
下記の文章は、イエスが12弟子に対し、自分が起こせる奇跡同等の技術を教え、弟子たちが福音を一般人に述べ伝えるにあたり、述べた言葉です。

「その家が平和を受けるに値するなら、平和はその上に下るだろうし、値しないならその平和はあなたたちに戻ってくる。あなたたちを受け入れず述べ伝えることを聞かないなら、その家その町を去り、足のほこりを払いなさい……私があなたたちを送るのは、羊を狼の中に入れるようなものです。だから蛇のように聡く、鳩のように無邪気でありなさい。」
(マタイによる福音書第10章13節から)

最後の「蛇のように~」という部分は、イエスの言葉というよりは当時のイスラエル民族の処世訓でしょうが、「ほこりを払う」という言い回しを使うところなど、大統領の演説を書いたライターがいかに聖書を読み込んでいるかがわかります。

ちなみに私はクリスチャンではありません。あしからず…
そもそもイスラエル民族が「ほこりを払う」のはどうしてかというと外地から自分の国に帰るときに、足や靴についたちり(ほこり)を払う習わしがあったからです。
エホバという唯一神を信仰していた彼らは、異邦人の土地を不浄と考えていました。

前々回のブログで、オバマ大統領の演説が「実にキリスト教的」と言ったことは、本質的には「ユダヤ教的である」ということでもあります。
ユダヤ教の歴史から考えれば、キリスト教は見方によっては
まだまだ新興宗教の域だと考えられます。
では歴史的にはかなわないユダヤ教と対抗するため、新約聖書のライターはどうしたかというと、ユダヤ教のしきたりをさもキリスト教的なものであるように上手くカモフラージュさせて、旧約聖書のエッセンスを新約聖書に上手く取り入れて書いています。
実に巧妙だなぁと感心させられる部分が多々あります。

ところで、「ほこりを払う」ことは、日本では神道の「お清め」あるいは「禊(みそぎ)」ともとらえられます。

日本人とイスラエル人のつながりは、イスラエル12部族の中の「失われた10部族」がシルクロードを経由し、日本にたどり着いて住み着いたという説があります。
確かに言葉や文化、衣装などにおもしろいほど類似性がいろいろありそれについての興味深い本もたくさんありますので、ご興味のある方は一読をおすすめいたします。

ユダヤ教を含め、ほとんどの宗教は「人類が滅亡に向かって現在進んでおりこれから大変なことになりますが、最後にはこの宗教を信じていればあなたを救済しますよ」という考え方ですが、私は神道の考え方の基本である一年ごとに全てリセットして、お正月には「あけましておめでとうございます」という考え方が、実に素晴らしく清々しいものだと最近は実感しております。

その考え方が基本にあれば、どんな対立があっても「水に流す」ことが想定できます。ただ問題は、この「水に流す」という発想が、日本人以外には全く理解できないということです。これは非常に残念なことです。

いくらイエスキリストが「汝の敵を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」とか「七の七十倍まで人を許せ」と叫んだところで、それは到底無理な話です。

アメリカに原爆を二度も落とされ、筆舌に尽くし難い大変な犠牲を払ったはずの日本がこれだけアメリカ文化を受け入れ、協調できたものも日本人の「水に流す」という思想があったからこそ実現できたことだと私は思います。

「リセット(チャラに)して水に流す」

実に軽薄ですが、対立する相手に心の中である程度覚悟する一つの考えとして、十分アリだと思いますが、どうでしょうか、オバマさん?

ところで、禅の「このままからそのままへ」って、メチャクールですよね?

「日本に生まれてきて本当に良かった」

オバマ大統領の演説を読んで、心の奥底で私はしみじみそう思いました。

0 件のコメント:

コメントを投稿