最近TVはほとんど見ないので実際のスピーチは見ていませんが、オバマ大統領の就任演説の全文をネットで一読しました。
うわさではライターは27歳の男性ということですが、真偽の程はわかりません。
個人的な率直な感想としましては、やはりアメリカはコテコテのキリスト教国家だなという実感です。
読み進めるうちに、自称聖書オタクの私は、旧約聖書の「イザヤ書」を読んでいるような錯覚に陥ってしまいました。
この就任演説を日本で麻生総理が読み上げることを想像すると、すごい場違いな感じで、かなり笑えそうです。
「…過去に固執し、狭い利益しか守らず
面倒な決定を後回しにする時代は終わった。
今日から我々は立ち上がり、ほこりを払い、
アメリカ再建のための仕事に取りかからねばならない…」
全くごもっともです。
ここで気になる点が、「ほこりを払い」という部分。
日本人にとってはちょっとしっくり来ない言い回しのような気がしないでしょうか。
実はここが非常にキリスト教的です。
下記の文章は、イエスが12弟子に対し、自分が起こせる奇跡同等の技術を教え、弟子たちが福音を一般人に述べ伝えるにあたり、述べた言葉です。
「その家が平和を受けるに値するなら、平和はその上に下るだろうし、値しないならその平和はあなたたちに戻ってくる。あなたたちを受け入れず述べ伝えることを聞かないなら、その家その町を去り、足のほこりを払いなさい……私があなたたちを送るのは、羊を狼の中に入れるようなものです。だから蛇のように聡く、鳩のように無邪気でありなさい。」
(マタイによる福音書第10章13節から)
最後の「蛇のように~」という部分は、イエスの言葉というよりは当時のイスラエル民族の処世訓でしょうが、「ほこりを払う」という言い回しを使うところなど、大統領の演説を書いたライターがいかに聖書を読み込んでいるかがわかります。
ちなみに私はクリスチャンではありません。あしからず…
そもそもイスラエル民族が「ほこりを払う」のはどうしてかというと外地から自分の国に帰るときに、足や靴についたちり(ほこり)を払う習わしがあったからです。
エホバという唯一神を信仰していた彼らは、異邦人の土地を不浄と考えていました。
前々回のブログで、オバマ大統領の演説が「実にキリスト教的」と言ったことは、本質的には「ユダヤ教的である」ということでもあります。
ユダヤ教の歴史から考えれば、キリスト教は見方によっては
まだまだ新興宗教の域だと考えられます。
では歴史的にはかなわないユダヤ教と対抗するため、新約聖書のライターはどうしたかというと、ユダヤ教のしきたりをさもキリスト教的なものであるように上手くカモフラージュさせて、旧約聖書のエッセンスを新約聖書に上手く取り入れて書いています。
実に巧妙だなぁと感心させられる部分が多々あります。
ところで、「ほこりを払う」ことは、日本では神道の「お清め」あるいは「禊(みそぎ)」ともとらえられます。
日本人とイスラエル人のつながりは、イスラエル12部族の中の「失われた10部族」がシルクロードを経由し、日本にたどり着いて住み着いたという説があります。
確かに言葉や文化、衣装などにおもしろいほど類似性がいろいろありそれについての興味深い本もたくさんありますので、ご興味のある方は一読をおすすめいたします。
ユダヤ教を含め、ほとんどの宗教は「人類が滅亡に向かって現在進んでおりこれから大変なことになりますが、最後にはこの宗教を信じていればあなたを救済しますよ」という考え方ですが、私は神道の考え方の基本である一年ごとに全てリセットして、お正月には「あけましておめでとうございます」という考え方が、実に素晴らしく清々しいものだと最近は実感しております。
その考え方が基本にあれば、どんな対立があっても「水に流す」ことが想定できます。ただ問題は、この「水に流す」という発想が、日本人以外には全く理解できないということです。これは非常に残念なことです。
いくらイエスキリストが「汝の敵を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」とか「七の七十倍まで人を許せ」と叫んだところで、それは到底無理な話です。
アメリカに原爆を二度も落とされ、筆舌に尽くし難い大変な犠牲を払ったはずの日本がこれだけアメリカ文化を受け入れ、協調できたものも日本人の「水に流す」という思想があったからこそ実現できたことだと私は思います。
「リセット(チャラに)して水に流す」
実に軽薄ですが、対立する相手に心の中である程度覚悟する一つの考えとして、十分アリだと思いますが、どうでしょうか、オバマさん?
ところで、禅の「このままからそのままへ」って、メチャクールですよね?
「日本に生まれてきて本当に良かった」
オバマ大統領の演説を読んで、心の奥底で私はしみじみそう思いました。
2009年1月25日日曜日
2009年1月22日木曜日
carbon and metaboric offset -CO2とメタボ削減を目指して-
あけましておめでとうございます。
2009年はじめてのブログです。
遅ればせながら今年もよろしくお願いいたします。
今年からブログをなるべく日々更新していくとともに、地球環境とメタボ対策として自転車通勤をできるだけ始めていこうと思っております。
世田谷の自宅から港区の会社まで、約50分の通勤時間です。確実に車より早いです!(満員電車に乗るストレスもない)ただ、意思が非常に弱いせいか、いろいろなダイエットは数限りなく試みてはみるものの、夢は無残に打ち砕かれ、元のもくあみ…という繰り返し。
何とか終止符を打ちたいその一縷の望みが、自転車通勤です。
写真は、私の愛車折りたたみ自転車のブロンプトンです。
事務所の前でパチリ☆
約4年前に購入しました。
英国製の手作りなので、非常に高価です。(13万円位)
英国製はどういうわけかなかなか飽きが来ない味わい深い商品が多いですね。かつて所有したことのあるM100のロータスエランに通じるものがあります。
そういえば、M100のエクステリアデザインを担当した(マクラーレンF1のエクステリアデザインも担当)ピーター・スティーブンスの最近の詳しい情報をご存じの方、教えて下さい。
今年もストーンマスターオリジナル商品を開発していきます。
お客様によりご満足いただけるような商品を提供していきたいと思っています。
皆さま素敵な1年をお過ごしください。
2008年12月22日月曜日
50歳のバースデープレゼント
おかげさまで、今月でちょうど50歳の誕生日を迎えることができました。
写真は、ミスチルのニューアルバム「Supermarket Fantasy」。
家内からのプレゼントです。
今から約10年前に「Innocent World」をラジオで耳にして以来、この歳でずーっとミスチルにゾッコンです。
初期のアルバム以外は、ほとんどのアルバムは持っています。
今をさかのぼること40年前、初めてビートルズの「Let It Be」を聴いて感動し、小学校を卒業するまでにはビートルズのすべてのアルバムを持っていました。
(もちろん小学生に当時高価なアルバムが買えるわけがなく、実は近所の5歳年上のビートルズ狂のお兄さんと意気投合し、なんとすべてのアルバムをそのお兄さんからタダでゲットしました!)
つまり私にとっては、ミスチルはまさにビートルズの再来でした。
作曲の経験がある方にはすぐにわかると思いますが、櫻井君の作るメロディーラインは頭で考えて生まれたものではなく、インスピレーションの賜物です。まさに、「神からの贈り物」です。特に今回のアルバムの中に入っている「HANABI」は、サビのメロディーラインといい、ドライブ感といい私の中では完璧にレノン、マッカートニーを
越えてしまいました(バンクバンドの「はるまついぶき」も超シビレます)
おそらく「HANABI」はJ-POP史上、燦然と輝く不朽の名作として歌い継がれていくでしょう。
今年ももうすぐ終わります。
ご存じのように、今まさに世界同時不況の真っただ中です。
昨年史上最高益を謳歌していたあのトヨタでさえ、今期1500億円を超える赤字決算になるとは、だれが予想したでしょうか。まさに大変な時代に直面してしまった感があります。まさに時代のパラダイムシフトが起ころうとしています。
でも、「ピンチはチャンス」です。時代が確実に変わるこの時代に生きていられることに、私は少しワクワクしています。
来年は、新しい「ストーンマスター」オリジナルアイテムが目白押しです。
是非ご期待下さい。
今年のブログはこれが最後です。1年間本当にありがとうございました。
2007年4月10日火曜日
スプリングキャンプ中のイチロー
ご存知、イチローです。
既に大リーグは開幕していますが、キャンプ中のイチローの写真です。
以前から少しお話させていただいておりますが、私には18才になるアメリカのシアトルの大学に在学中の長男がおり、そのステイ先のホストマザーが旅行代理店の仕事に携わっており、先月「マリナーズのスプリングキャンプをアリゾナまで見に行きましょうツアー」みたいな企画があったらしく、息子がそれに便乗し、スプリングキャンプ中の思いっきり笑顔のイチローをデジカメで撮りました・・・と言いたいところですが・・・
日本人である息子は、当然、イチローを見てミーハー気分でパチパチデジカメで撮りまくったらしいのですが、画素数が少ない古いデジカメだったため、ズームで撮ってみたらピンボケばかり。がっかりしているところへ、親切なツアー客の
イチローファンの一人が(全員が70歳以上のリタイアして暇をもてあましているおじいさん、おばあさんばかりだったらしい)、最高の笑顔のイチローの写真をプレゼントしてくれたのがこのブログの写真です。
2007年2月3日土曜日
チェルシーホテル
ここはニューヨークのグリニッジビレッジ近くのかの有名な「チェルシーホテル」(撮影:新井田真美)です。
宿泊客の8割~9割が芸術家(それもかなりの前衛)という超レアなというか、カルトなホテルです。
床石は、おそらくタソスホワイト、ボーダー状に赤みがかったロッソベロナが張ってあります。タソスホワイトは非常に柔らかいため、石が磨り減って微妙に波打っているのが
写真でも分かります。メンテナンスは、アメリカお決まりのケミカル反応によるツヤ出しだと思われます。
(日本製の#8000のダイヤで磨きまくりたい!!)
壁にかかっている絵画の統一感のなさがシビれ(笑え?)ます。
さすが、チェルシーホテルです。
しかし、何と言ってもチェルシーホテルと言えば、個人的には、ボブ・ディランが一番才気走っていた60年代に出した名盤「ブロンドオンブロンド」が思い出されます。
当時このアルバムは、世界初の2枚組みLPということでも有名になりましたが、私は未だ中1か中2位で、そのアルバムが欲しくて欲しくて、何度もレコード店に足を運んだのですが、値段が高すぎて(当時で4,500円もしていた!)どうしても買うことができませんでした。そのアルバムのD面に1曲のみ入っている、20数分以上にも及ぶ「ローランドの悲しい目の乙女」を一晩でボブ・ディランが一気に書き上げたホテルという感慨が強いです。この曲は、後に妻となったサラ(80年代には離婚した)に捧げた曲です。
ボブ・ディランは声がだみ声だし、念仏みたいに歌うので毛嫌いする人(私の妻も含め)が多いのが残念ですが、歌詞のうまさは本当に惚れ惚れします。
ボブ・ディランの本名はロバート・ジンママンというジンマシンのようなさえない名前ですが、ディランという芸名は、実はチェルシーホテルで亡くなったイギリスの詩人、ディラン・トーマスからパクっています。
どうしてここまでボブ・ディランのことを詳しく知っているのかというと、私は10代~20代にかけ一時期ディランにはまりまくっていた時期があり、ボブ・ディランの日本初公演のコンサートの電話予約開始初日に、朝から電話の前に座り電話をかけまくったという、今思えばまさに「おっかけ」でした。
2007年1月4日木曜日
ボノ(U2)の豪邸
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
突然ですが、新春早々のサプライズです。
この豪邸は、アイルランドが生んだ世界的ロックグループ"U2"のボーカリスト、ボノの
アイルランドの自宅風景です。これは全景ではなくほんの一部で、他に大きなプールや
テニスコート、広大なきれいに手入れされた庭が、海に面してどこまでも広がっています。
実はこのスナップは、2005年9月に、長男がダブリンの高校に留学していた時期
(現在はアイルランドは飽きてアメリカのシアトルの大学に在学中です)に、仲のいい友達と一緒に行って撮ったスナップ写真です。私はボノにはほとんど関心がなく、完全に忘れ去っていたのですが、去年の12月にボノが来日して、サングラスを安倍首相にプレゼントをしたことをニュースで知り、長男のスナップ写真を思い出し、ブログに載せることにしました。
ボノは、アフリカの最貧国のODAの債務の免除をするように、先進諸国の首相クラスの
人たちに訴えていることで有名ですが、確かに現在はミュージシャンというよりは、社会派の活動家という風情です。私の率直な感想としては、ボノはミュージシャンとしての自分の才能の枯渇を感じ(例えばボーカリストとしてロバートプラントは超えられないとか)、それを紛らわそうとして、社会派の活動をしているような気がしてなりません。
やはり、90年代にプロデューサーのブライアン・イーノにかわいがられていた頃が
絶頂期だったのではないでしょうか。
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